<のれん(年少)>








<木工遊び>


















<ぬたくり>




















<サウンド・プレイ>









<毎日が運動会>



<誕生表(年少)>

















<ダンボール遊び>










<楽器遊び>










<色水遊び>










<壁面製作(年中)>









<毎日が運動会>

<保育室は子ども達のもの>H19年度4月号より
徒歩通園の方はお気付きかと思いますが、今年から新しい部屋には教師が作る壁の飾りを一切やめました。保育室は子ども達のものですから、教師が何かを作って貼る、というのは一見
可愛くて、いい先生のようですが、実は子どもの領域を侵犯している、という考えに至りました。 新しい保育室の何もない壁。「みんなで何か作って飾ろうね」こうして壁を飾るためのぬたくりを重ね、誕生表と壁面製作を行ないました。年少の子ども達はまだまだ自分が何の目的を持ってこの活動をしているのか、理解する必要はありません。ただただ自分開放し、絵の具を戯れ、汚れることも意に介さず、夢中でやっている時間が大切なのです。この壁面を見ているだけでも子ども達の成長がわかります。どうぞ年中、年長の部屋も覗いてみて下さい。いつかこんなこともあんなこともできるようになっているのです。子どもの成長は一足飛びにはいきません。成長に合わせた経験を重ねていくことが子どもの軌跡となり、力となっていくのです。

<けじめについて>
活動の前にはまずルールを話します。そしてしてはいけないことをした時には、厳しく叱るように職員には指導しています。それが職員に徹底していないように保護者の皆様が感じているように思えます。これは職員教育の問題ですので、私から職員にけじめについては、しっかり指導します。臼井幼稚園は自由保育ではありません。放任でもありません。
保護者の皆様も考えて欲しいことがあります。子どものことをできないからと言って叱ってはいけません。ルール違反をした時、人に迷惑を掛けた時、子どものことをきちんと叱って下さい。例えば支度が遅いからと言って叱るというのは、大きな間違いです。

<背の順に並ぶことはけじめでしょうか?>
背の順に並ぶことがけじめに繋がるとは思いません。背の順は子ども達にはわからないものです。だから教員が並ばせるのです。「○△ちゃんは、そこじゃなくて□○ちゃんの後ろよ」と指示するのがけじめでしょうか?
子ども達の成長は一人ひとり違い、夏休み明けぐんと大きくなって、背の順の並び方を変える必要があります。その都度背の順を覚えさせるのです。小学校で、先生に指示されないと並べない子どもが増えているとも聞いています。また、背が伸びて一番前から少し後ろに並ぶようになったのに、一番前の腰に手をしてしまうということもあるそうです。私達は指示がないと動けない子どもをつくりたくはありません。先生が「並びましょう」と言ったら、どうすればいいか、自分で判断できる子どもを育てたいのです。

<運動会>H19年度7月号より
幼稚園では運動会の企画も始まっています。お子様から聞いていらっしゃるかもしれませんが、今年はクラスを紅白に分けて行ないます。クラス対抗にすると、年長組などでは真剣さのあまり、他のクラスの友達を敵視するようになるそうです。日頃親しんでいるクラスで、日常的に紅白でゲームを行い、勝ったり負けたりしながら、人間関係を深めていく。子ども達がどんなふうに楽しんでくれるか、こちらも楽しみです。今週、年長組で紅白リレーをしていました。すごく盛り上がっていましたよ。幼稚園の年齢の子ども達に練習は必要ありません。同じことの繰り返しは苦痛なだけです。見せる競技よりも、子ども達が楽しめる競技を考えています。

<運動会について>H19年度9月号より
同じクラスの中で紅白に分け、毎日のように運動会ごっこを行います。同じクラスの中で勝ち負けがあれば、「今日は負けたけど、明日は負けないぞ」「頑張って」というやりとりの中で友情が深まることも期待できます。「毎日が運動会」練習ではありません。毎回内容を変えます。毎回同じでは練習になりますし、毎回同じ内容では子どもは確実に飽きます。いつも違うからこそ熱中するのです。クラスで行う運動会ごっこの得点表も子ども達が作ります。子どもは好きなことなら進んで行います。この進んで行うところに成長があるのです。無理矢理やらせたり、教え込んだりしては子どもの成長に繋がりません。子ども達が楽しく熱中でき、保護者の皆様も楽しめる運動会を準備しています。

<運動会の競技・・・子どもの発達と我慢について>
鼓隊や組体操をやって欲しい、とのご要望がありますが、鼓隊はこれまでも何度かお話してきましたように、子ども達が喜んでする活動ではありません。達成感についても、幼稚園児の年齢で“ゴール”を意識するのはかなり無理があります。この練習をして本番でかっこいいところを見せるんだ、と明確な“ゴール”が見えるのは、恐らく小学校に入ってからです。ですから達成感を味あわせたいというのは、子どもが見えていない大人の考え方なのです。
子どもの発達は、自発的に取り組むことによって得られるものです。教師からの“押し付け”や“やらせ”によって、嫌々やる活動で発達は得られません。子ども達がやりたいと思い、楽しんで取り組むことで技術を取得したり、記憶したりすることができます。子どもはそうしてきちんと得たことは、何ヶ月過ぎても覚えています。それが真の発達です。
それでも保護者の皆様はその姿を観たいと仰る方もいますね。
我慢させて欲しい、と言うご要望もあります。鼓隊は嫌々であっても、我慢する経験も必要と仰る方もいます。子どもは日々の生活の中で常に葛藤を繰り返しています。学年便りにも書きましたが、集団活動は家庭にいるよりも、自分の思い通りにならないことの方が多いのです。我慢について、我慢も自分で自分を抑制することでしか身につきません。教師や親から押さえつけられることは、単に上から我慢を強いられているだけで、自分から我慢しようと考えているわけではないのです。本当の我慢は「他者を思いやる心」から生じます。決して外部からの圧力で形成されるものではありません。子どもを叱ったり急がせたりすることも含めて、保護者、保育者自身の子どもへの気持ちが「他者を思いやる」ものなのか、「自分の都合」なのか、常に考えなければならないと思います。上から押さえつけられて育った子ども達が、小学校で爆発していると新聞で読みました。「押し付け」の子どもの気持ちを無視した保育が「良い」と思っていらっしゃる方がいないことを願います。

<ピアジェ教育に学んで>
子どもの発達にとって大切なのは、知識の量を増やすことではありません。価値があると思える知識を詰め込む早期教育を幼稚園の芯として行なっているところもあるようですが、学習にとって大切なのは、練習の回数ではなく、子ども自身がやりたいと思って取り組む態度です。新鮮な
気持ちで自発的に学習していくなら、1回だけの経験でも知識は定着します。またピアジェによれば、子どもの知的発達は間違った自分の解答を、自ら気付き、修正する、能動的過程にのみ
存在するということです。
子どもにとっては見ること、知ること、動かすことは大きな喜びです。叱られるからやる、やればごほうびをもらえる、というのは、外的動機です。自分自身の知識欲や好奇心に裏づけされた内的な成長動機のエネルギーをもって、何かに取り組み、失敗を重ねながらも成功した時、その喜びは一層大きなものになります。
  子どもは生まれた時から少しずつ確実に発達していきます。その発達は1人ひとり異なるものです。1人ひとり異なることを無視して、能力を一律に引き上げようとする従来の教育は、伸び伸びした子どもの成長をきっとゆがめてしまうでしょう。人と違うことを恐れる国民性ゆえか、日本の教育は子どもに平均化を求め過ぎてきました。
臼井幼稚園では、成長の違う子ども達が全員同じように楽しい、と思える保育内容の充実に努めています。子どもは大人に誉められるよりも、友達に認められることでより大きな喜びを感じることができます。その喜びが次の成長への原動力となることもピアジェは述べています。友達関係の中で協調しながら活動をすることにより、より豊かな人間性と社会性、そして自律心を育てることも大きな目標としています。
幼稚園は集団生活です。幼児は本来自己中心的な考え方しかできないと言われています。自分が遊びたい玩具を先に別の子に使われていた時、横取りするようなことは親御さんならご覧になったことがあるでしょう。少し身体が触れただけでも叩かれたと思ったりもします。一緒に遊びたいのに、言葉で伝える術がないためについ手が先に出るというのもよくあります。
子どもは衝突があって初めて痛みを知ります。上記のような不器用な社会性を改めようとする自覚が芽生えてこそ、思いやりが育ちます。親の過保護、過干渉が子どもの育ちの妨げになるのと同様に、教師が強くリードする保育では思いやりも育ちません。子ども同士の密接な関わりがあってこその成長です。代用は一切ありません。
「どんな子を育てたいか」、文部科学省が「生きる力」を育てる教育を進めています。私は臼井幼稚園の教育の芯に   「自律心のある子ども」を育てたいという思いがあります。前時代のように、自律心を鍛錬や強制で育てるべきものではなく、日々の楽しさから生まれるものと思っています。それは最終的には生命の大切さを知り、生きる喜びにつながります。楽しさを通してそう思えることで自律の重要性を自覚できると考えます。

平成19年9月